【水族館の裏側】生き物たちの健康管理はどうしてる?イルカやシャチたちの検温・採血から体重測定まで
「水族館のイルカやシャチなどの鯨類は、毎朝の検温や、必要に応じた採血・治療などの医療処置をどうやって行っているんだろう」と疑問に思ったことはありませんか?
人間なら「痛いのを我慢してじっとしていよう」と理解できますが、言葉が通じない動物たちを力づくで押さえつけたり、全身麻酔をかけたりして検査をするのは非常に危険で、大きなストレスがかかります。
そこで活躍しているのが、「ハズバンダリートレーニング(受診動作訓練)」と呼ばれる技術です。
これは、動物たちがトレーナーとの信頼関係のもと、自発的に身体を差し出して医療処置や健康診断に協力するためのトレーニングのこと。
今回は、水族館の生き物たちが行っている健康管理の裏側を、実際に現場で行われている検温・採血・体重測定などの事例とともに詳しくご紹介します!
ハズバンダリートレーニング(受診動作訓練)とは?
ハズバンダリートレーニング(Husbandry Training)とは、受診動作訓練とも呼ばれ、動物たちが自ら進んで医療処置や健康管理(身体測定や検査など)を受け入れられるようにするトレーニングのことです。
英語の「Husbandry(飼育・管理)」に由来します。
かつては動物の検査や治療を行う際、ネットで捕獲して大勢で押さえつける(保定する)か、リスクのある全身麻酔をかけるのが主流でした。
しかし、これらは動物に大きな恐怖やストレスを与え、最悪の場合はパニックによるケガやショック死に繋がる危険もあります。
そこで導入されたのが、ハズバンダリートレーニングです。
どうやってトレーニングするの?
罰や強制は一切使わず、「正の強化」という手法を用いて進められます。
1. 望ましい行動をする
たとえば「トレーナーの手に体の一部をタッチさせる」「指示された場所でじっと静止する」など。
2. 合図とご褒美
できたらすぐに笛(ホイッスル)などで合図を出し、大好きなエサ(魚など)を与えます。
3. 学習とステップアップ
動物は「この姿勢を保つと良いことがある!」と学習し、少しずつ「針で突く触感に慣れる」「チューブを口に入れる」といった高度なステップへと進んでいきます。
単にショーの技を教えるのとは異なり、「動物の命と健康を守り、ストレスを最小限に抑える(動物福祉/アニマルウェルフェアの向上)」ための極めて重要なコミュニケーション手段となっています。
体温測定
イルカなどの健康管理の基本となるのが、毎日朝夕2回(※園館によっては朝のみの場合もあり)行われる体温測定(検温)です。
お腹を上にした姿勢(仰向け)で水面に静止し、トレーナーが肛門からひも状の体温計を約30cmほど挿入して測定します。
水中で暮らす海の哺乳類ですが、体温はヒトと同じ36〜37℃ほど。
毎日の検温によって「発熱がないか」「体調の変化はないか」をいち早く察知し、病気の早期発見に役立てています。
画像引用:新潟市水族館 マリンピア日本海
採血
定期的な健康診断や、体調不良が疑われる際に行われるのが採血です。
たとえばイルカやシャチの場合、尾びれに太い血管が通っているため、水面に静止して尾びれをプールサイドに載せる姿勢をとります。
針を刺す刺激に驚かないよう、事前に「手で触れる」「爪で軽く突いてみる」「アルコール綿で拭く(スースーする感覚に慣らす)」といったステップを少しずつ踏んでいきます。
さらに、本番と同じように獣医に横に立ってもらったり直接触れてもらったりしながら、焦らず時間をかけてトレーニングを進めていきます。
血液検査を行うことで、内臓の健康状態や感染症の有無などを正確に把握することができます。
画像引用:新江ノ島水族館
体重測定
食事量の管理や薬の投薬量を正確に計算するために欠かせないのが、定期的な体重測定です。
イルカやシャチなどの海生哺乳類は、トレーナーのサインに合わせて自らプールサイドや陸上に上陸し、専用の体重計(大型のフラットな台秤)の上に全身を載せて静止します。
水中にいるときは浮力で重さを感じませんが、数トンにも及ぶシャチや数百キロあるイルカが、陸上で自ら静止して測定に応じるのはハズバンダリートレーニングの成果そのものです。
測定された体重の変化をもとに、毎日のエサの量(食事量)を細かく調整し、ベストな体型と健康状態を維持しています。
画像引用:名古屋港水族館
胴囲(ガース)測定
体重測定とあわせて行われる大切な身体測定が、胴囲(ガース)測定です。
トレーナーが体にメジャーを直接巻き付け、決められた部位の長さを測定します。
ガースを定期的に記録することで、脂肪のつき具合や筋肉量の変化、妊娠による体型の変化を客観的に把握できます。
さらに、体長や胴囲のデータから推定体重を算出することもできるため、大型の個体など直接体重計に乗るのが難しい場合にも非常に役立ちます。
体にメジャーが触れても嫌がらず静止していられるのは、日頃のトレーニングで全身を触られることに慣れているからです。
画像引用:名古屋港水族館
超音波(エコー)検査
内臓の状態や妊娠経過を詳細に確認するために行われるのが、超音波(エコー)検査です。
動物はお腹を向けた姿勢で水面やプールサイドに静止し、獣医やトレーナーが直接お腹にプローブ(探触子)を当てて検査を行います。
機器が直接体に触れる感触や、獣医がすぐ近くに立つ雰囲気に驚かないよう、事前に「プローブに見立てた道具を体に当てる」「獣医が横に立って触れる」といった練習を重ねておきます。
エコー検査を行うことで、胃や腸などの内臓疾患の早期発見だけでなく、胎児の心拍確認や成長具合を観察するなど、繁殖管理や安全な出産にも大きく貢献しています。
画像引用:名古屋港水族館
水分補給(補液)
海水で暮らすイルカやシャチなどの鯨類は、普段は主食である魚から水分を得ています。
しかし、水族館で与える冷凍魚は解凍する際に水分やビタミンなどの栄養素が外へ流れ出てしまうため、それを補う目的で水分補給を行います。
水分補給の方法は様々で、水分補給用のゼリーや氷をそのまま食べるトレーニングを行うほか、必要に応じて口から胃内チューブ(カテーテル)を優しく挿入し、水や電解質液、ビタミンなどを直接胃へ送り込みます。
口を開けたまま静止し、チューブが通る異物感に慣れてもらうため、日頃から段階的なトレーニングが行われています。
体に無理な負担をかけず自発的に処置を受け入れさせることで、日々の脱水予防や体調不良時の迅速なケアが可能となっています。
画像引用:新江ノ島水族館
まとめ
ハズバンダリートレーニングは、動物たちが無理なく、安全に健康管理を受けるために欠かせない取り組みです。
検温や採血、体重・胴囲測定、エコー検査、そして水分補給に至るまで、すべての処置は動物を無理に押さえつけるのではなく、動物たちが自発的に身体を差し出して医療処置や検査に協力することで成り立っています。
動物たちが進んで協力してくれるからこそ、小さな体調の変化や病気の早期発見、さらには妊娠・出産といった大切なイベントにも安全に対応することができます。
次に水族館を訪れる際は、パフォーマンスや展示の裏側で行われているこうしたハズバンダリートレーニングや、動物たちの健康を守る日々の取り組みにもぜひ注目してみてください。



