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動物園・水族館の「人工哺育」:命をつなぐ現場の知恵

2026年03月13日

動物園や水族館では、親が育てられなかったり、死別してしまったりした赤ちゃんを、飼育員が親代わりになって育てることがあります。

これを「人工哺育(じんこうほいく)」や「人工育雛(じんこういくすう)」と呼びます。

単にミルクをあげて生かすだけでなく、将来「動物の仲間」として生きていけるようにするための、プロフェッショナルな現場の取り組みを紹介します。

事例1:群れに戻るための「修行」

ニホンザル:パンチくん(市川市動植物園)

 

ニホンザルのパンチくんは、2025年の夏の猛暑でお母さんの体力が落ちてしまい、育児ができなかったため、生まれてすぐに飼育員さんが育てることになりました。

パンチくんがオランウータンのぬいぐるみをギュッと抱きしめる姿は、SNSでも大きな話題になりました。

実はこれ、単なるおもちゃではなく、サルの赤ちゃんにとって欠かせない「お母さんの代わり」です。

サルの赤ちゃんは何かにしがみついていないと不安になってしまうため、飼育員さんは試行錯誤の末、パンチくんが一番安心するこのぬいぐるみを用意したのです。

でも、飼育員さんの本当の目標は、パンチくんを「サルの群れ」に返すことでした。

2026年1月、パンチくんはついにサル山へ。

そこは、人間が手助けできない厳しいサルの社会です。

他のサルに怒られたり、突き放されたりすることもありますが、パンチくんはぬいぐるみを心の支えにしながら、一生懸命「サルのルール」を学んでいます。

「かわいそうだから人間が助けてあげて」という声もあります。

でも、飼育員さんはパンチくんが一生サルの仲間と幸せに暮らせるよう、あえて見守るという、厳しくも愛のある「人工哺育」を続けています。

  • 市川市動植物園
     
    住所:千葉県市川市大町284番地1
    開園時間:9:30-16:30
    休園日:毎週月曜日
    入園料:【大人】440円【小人】110円【未就学児】無料
    Instagram:@ichikawa_zoo
    公式サイトへ

事例2:母の死を乗り越え、つないだ命

ベルーガ(シロイルカ):リーリャ(しまね海洋館アクアス)

 

2024年7月に生まれたベルーガのリーリャ。

お母さんのアーリャが急死してしまったため、生まれてすぐに飼育スタッフによる人工哺育が始まりました。

ベルーガの赤ちゃんを育てるのは非常に難しい挑戦です。

スタッフは24時間体制で冷たい水槽に入ってリーリャを支えて泳ぎ、体調に合わせて細かく調整した手作りのミルクで、片時も離れず命をつなぎました。

こうした献身的なケアを受け、リーリャは元気に成長。

2026年3月には、これまで過ごした別館から、本館パフォーマンスプールに隣接する「ホールディングプール」へとお引っ越しをしました。

ここは、仲間のベルーガたちが暮らすメインプールのすぐ隣です。

まずは新しい環境に慣れ、仕切り越しに仲間たちの気配を感じながら過ごすことが、今のリーリャにとって大切な一歩。

飼育スタッフは、リーリャのペースに合わせて慎重に見守り続けています。

  • しまね海洋館アクアス
     
    住所:島根県浜田市久代町1117番地2
    開館時間:9:00-17:00
    休館日:毎週火曜日
    入館料:【大人】1,550円【小中高生】500円【未就学児】無料
    Instagram:@aquas.shimane
    公式サイトへ

事例3:人間を隠して「ペンギン」になりきる

エンペラーペンギン(アドベンチャーワールド)

 

ペンギンの仲間の中で、飼育下での繁殖が最も難しいといわれるエンペラーペンギン。

日本では唯一、アドベンチャーワールドがその繁殖に成功しています。

ここで課題となるのが、飼育員が育てた赤ちゃんが「自分を人間だと思い込んでしまう」ことです。

そうなると、将来ペンギンの群れに入っても、他のペンギンとペアになって次の命をつなぐことができなくなってしまいます。

そこで、赤ちゃんが「自分はペンギンである」という自覚を持ったまま育つよう、徹底した対策がとられています。

スタッフは人間であることを隠すために、ペンギンの頭部を模した帽子をかぶり、くちばしに見立てた手袋を使ってエサをあげます。

さらに、スタッフは決して声を出さず、あらかじめ録音しておいた「本物の親鳥の鳴き声」を流し続けるという徹底ぶりです。

その間、本物の親鳥には「擬卵(ぎらん)」という偽物の卵を抱かせておきます。

こうして親に「子育ての準備」を続けてもらうことで、赤ちゃんを親の元へ返すときにスムーズに受け入れてもらえるようにしているのです。

赤ちゃんが、親鳥が抱いても潰されない体重(約600g〜1kg)まで成長したら、擬卵とすり替えて本物の赤ちゃんを親の元へ返します。

これらはすべて、赤ちゃんが将来ペンギンの社会で自立して生きていくための、計算された飼育技術なのです。

  • アドベンチャーワールド
     
    住所:和歌山県西牟婁郡白浜町堅田2399番地
    開園時間:10:00-17:00
    休園日:毎週水曜日(変動あり)
    入園料:【大人】5,300円【中高生】4,300円【幼児・小学生】3,300円
    Instagram:@adventureworld_official
    公式サイトへ

まとめ

これらの「人工哺育」や「人工育雛」の最終的なゴールは、赤ちゃんを元気に育てることだけではありません。

人間との関わりを最小限に抑え、あるいは特殊な方法で「動物としてのアイデンティティ」を守り、最終的に自らの種族のコミュニティへ戻すことにあります。

こうした現場の取り組みは、単なる救命措置にとどまらず、希少な動物たちの血統を次世代へ繋いでいくための重要なステップとなっています。